近年、感染症で亡くなる方が増えて話題を呼んでいる「マダニ」。
マダニは犬や猫などの動物に付いているイメージがありますが、自然の多い場所、野生動物がいる場所ならどこでも生息しています。私たちが登山で行く山も例外ではありません。
今回は恐ろしい感染症を媒介するマダニの正体、そして被害に遭わないための対策と咬まれた時の対処法について解説していきます。
マダニの生態
マダニとは家の中にいるイエダニやチリダニと違い、3〜4mmほどの大きさがあり、吸血後には最大で20mmにもなり肉眼で見ることができるダニの一種です。普段はシカやイノシシなど野生動物の血をエサに生きているが、住処の近くを通れば人間も襲ってくる。毎年、死者も出ている危険な虫です。
マダニは草や地表近くに潜みながら人間や動物がやってくるのを待ち、生き物が発する熱や二酸化炭素などに反応して飛び移ってきます。
マダニは動物の皮膚に頭を突っ込んで吸血、セメントのような唾液物質を出しながら満腹になるまで皮膚から離れず吸い続けます。その期間は1週間から2週間とされています。
また、唾液には麻酔のような物質も含まれており、咬まれた直後はかゆみや痛みがなくて、吸血されていることに気が付かないことが多いのが特徴です。
マダニが多い季節
マダニは春から秋にかけて多く発生し活動が盛んになります。
上記の図は、日本で被害の多いマダニの種類別の活動ピークを表したものです。
くわえて、感染症の危険性があり登山でも被害を受ける可能性のあるシュルツェマダニは5〜7月、タカサゴキララマダニは4〜8月が活動が活発になります。
種類によってそれぞれ活動のピークが変わってきますが、ある種が落ち着いたら他の種が…と、この3シーズン中はどこでもマダニの危険性が潜んでいます。
冬の登山では出会わない?
マダニの多くは春〜秋に活動しますが、冬季に活動する種類も存在します。また、近年は暖冬傾向にあるため活動期間が伸びているマダニも増えているようです。
3シーズンほど気にする必要はありませんが、雪が積もっていない薮の中を歩く場合などは注意しましょう。
マダニはどこに生息しているの?
マダニは世界に800以上の種類が存在し、日本ではそのうちの47種が生息しています。
マダニの生息地域は種類によって異なり、平地から1000m以上と標高もさまざま。「ここ」とは限定しにくいですが、草むらや薮、野生動物がいるところには基本的に生息していると思っていてください。
こちらは登山で刺される可能性のあるマダニ類の生息地域一例です。
- シュルツェマダニ…北海道や標高1000m以上のやや寒冷な場所を好む
- フタトゲチマダニ…関東以西に多いが全国で生息
- ヤマトマダニ…マダニ属では最も分布が広く、北海道から鹿児島まで生息
- タカサゴキララマダニ…関東以西に多い
薮漕ぎをするような山では特に注意が必要ですが、関東の山でも高尾山の近く「景信山」でもタカサゴキララマダニの発見例があります。どんな山でも注意が必要ですね。
マダニに咬まれた時の症状
かゆみ、軽い痛み、発赤、しこり、感染症
マダニに咬まれた部位は痛みやかゆみなどの自覚症状がないことが多いのが特徴です。しかし、長時間咬まれていたり、人によってはかゆみや軽い痛み、皮膚の発赤が現れることがあります。
マダニに1度咬まれると、唾液物質に対してアレルギーが生じることがあります。そうなると、2回目以降咬まれたときにアレルギー反応が起きて赤く腫れ上がったり、強いかゆみが出ることがあります。
また、吸着して3日以上が経過したり口器が皮膚内に残っていたりすると、チクチクとした痛みや硬いしこりを生じる場合もあります。
マダニは感染症が怖い
マダニに咬まれることによって一番恐ろしいのは、マダニが保有する病原体による感染症です。
マダニが媒介する感染症は種類が多く、中には命を落とす病気もあります。
- SFTS(重症熱性血小板減少症候群)…フタトゲチマダニなど
SFTS(重症熱性血小板減少症候群)は、発症すると10%〜30%の高い確率で死亡する恐ろしい病気です。SFTSウイルスによって引き起こされる感染症で、6日〜2週間の潜伏期間を経て、頭痛、発熱、消化器症状、神経症状などを起こします。感染者数は西日本で多いのが特徴。最近では2023年の4月に静岡県でSFTSを発症して死亡した例がありました。 - ダニ媒介性脳炎…ヤマトマダニなど
国内での症例は北海道での2例のみですが、世界では年間約1万人ほどの発症例があり、致死率も20%と極めて危険な感染症です。頭痛、発熱、関節痛、痙攣やめまい、知覚異常などの中枢神経系の症状が出現します。生存したとしても、麻痺などの後遺症が残る確率が高いとされています。 - 日本紅斑熱…チマダニ類
日本紅斑熱は、リケッチアという病原体による感染症で、発熱や全身の発疹、噛み口のかさぶたなどの症状があります。人から人への感染はなく、有効な治療法も確立されているため極度の心配は不要だが、症例数は4つの感染症の中で断トツです。 - ライム病…シュルツェマダニ
北海道や標高の高いところに生息するシュルツェマダニが媒介するボレリアと呼ばれる病原体により発症し、噛み口の周りに二重丸のような紅斑が出来るのが特徴の感染症。同時に筋肉痛や関節痛、発熱や倦怠感を伴います。
上記で挙げたのは登山者が覚えておきたい感染症です。
中でも怖いのはSFTS(重症熱性血小板減少症候群)と呼ばれる、発症すると頭痛や発熱、神経症状を引き起こし、悪化すると死に至る感染症です。主にフタトゲチマダニに咬まれたことによって発症します。2023年にも発症者が125名、そのうち7名が死亡している非常に恐ろしい感染症です。
ここまでマダニの感染症をお伝えして恐怖に怯えている人もいるかもしれません。しかし、感染症の原因となる病原体を保有しているマダニはごく一部で、咬まれたとしても感染症を発症するリスクは低いので過度な心配は不要です。
ただし、マダニに吸血される時間が長いと感染症を発症するリスクを高めてしまいますので、発見したらすぐに取り除くようにしましょう。
マダニに咬まれないための対策
マダニに咬まれないための1番効果的な対策は「マダニのいる可能性がある場所には入らない」ことです。
マダニは草むらや薮、野生動物がいるところに生息していますので、活動時期の春〜秋はそういった場所に行かないのが良いでしょう。
しかし、そんなこと言っていたら登山はできませんね(笑)
ですので、これから説明する対策をしっかり行いつつ登山を楽しみましょう。
①肌の露出を最小限にする
マダニから身を守る方法として、長袖・長ズボン、帽子、手袋などの衣服で肌の露出をなるべく少なくすることが重要です。
マダニは皮膚を咬んで吸血する生きもの。服の上から咬み付くことはほとんど無いので、衣服で肌を隠しておけばまず一安心でしょう。
しかし、マダニは服の隙間から忍び込んでくる可能性もありますので、ズボンの裾を靴下に入れたり、シャツの袖口を手袋の中に入れたりすると、より咬まれる危険性が減ります。
②虫よけスプレーをする
マダニに対しては「ディート」や「イカリジン」といった有効成分が入った市販の虫除けスプレーを使うことをおすすめします。
マダニは人間が発する熱や二酸化炭素を感知して近づいてくるのですが、これらの成分にはマダニの感覚器官を鈍らせる効果があり、人間を感知できず近寄ってこなくなります。
しかし、虫除けスプレーをしたからといってマダニの付着を完全に防ぐことはできません。あくまで補助的なものと思って、衣服と組み合わせてお使いください。
肌に直接スプレーするタイプは、汗で効果が落ちて塗り直すために肌を露出するため、咬まれる可能性が高まります。肌は衣服で隠せますので、マダニ除けとしては衣服に吹きかけるタイプのスプレーをおすすめします。
アロマ虫除けスプレーなどで使われる「ハッカ油」もマダニに効果があるとされています。
しかし、ハッカ油は効果が長続きせず何度も塗り直さないといけないデメリットがあります。普段の登山ではおすすめですが、藪漕ぎなどをする場合は「ディート」や「イカリジン」を使った製品を使用しましょう。
③下山後に服、身体に付いていないか確認する
意外と忘れがちなのが下山後。マダニは咬まれても痛みやかゆみといった症状がでないことが多いため、咬まれた直後には気づかないことが多いです。
下山後、上に着ていた服やザックなどに付いていないか確認すること、シャワーや入浴でダニが身体に付いていないかチェックするのを忘れずに行いましょう。
もし、衣服に付いていた場合はガムテープを使うと簡単に取り除くことが出来ます。
マダニに咬まれた時の対処法
マダニは咬まれてから時間が短いほど、取り除くことが簡単です。早期(24〜48時間以内)であれば、自分で取り除くと良いでしょう。
やり方は至ってシンプル。ピンセットでマダニの口器の部分(皮膚に食い込んでいる部分)を摘んで、ゆっくり引き抜くだけです。
ティックツイスターというマダニ除去専用の器具もあるので、そちらを使うのも一つの手です。使う機会は滅多にないと思いますが、登山をする人は1つ持っておいても良いでしょう。
注意していただきたいのが、除去する際にマダニの腹部を指で摘まんだり、つぶしてしまうこと。感染症の原因となるマダニの体液成分が皮膚内に流入しやすくなりますので、絶対に避けましょう。
ピンセットなどの器具がすぐに用意できない場合、もしくは頭部など自分では取るのが難しい場合は医療機関を受診しましょう。
発見が遅れた場合
マダニは数日から長いものは10日間以上吸血します。咬まれても気づきにくいため、発見が遅れてしまうのがマダニの特徴でもあります。
咬まれてから2〜3日もしてしまうと、吸血しながらセメントのような唾液物質を出すため、ピンセットで引っ張ってもそう簡単には抜けません。無理に引っ張って取れても、マダニの口器が皮膚内に残る可能性が非常に高いです。
もし、咬まれたと思う日から数日が経っている場合は、無理に自分で取ろうとはせず皮膚科を受診してください。
ポイズンリムーバーでは取れないの?
最近では毒虫に刺された時の応急処置に効果のあるポイズンリムーバーを登山に持って行ってる人も見かけます。そのポイズンリムーバーでマダニは取り除くことは出来るのかと、疑問の声が上がることもしばしば。
結論から言うと、(咬まれてから早い段階では)取り除くことが可能だがやめた方がいいです。
マダニは皮膚に咬みつき、セメントのような物質を出して張り付きながら吸血してきます。これを無理に引き剥がそうとするとマダニの口器が皮膚内に残り、かゆみが長期間続いたり感染症のリスクが高まる恐れがあります。
咬まれてから発見が早い場合はポイズンリムーバーでも除去できることがありますが、口器が皮膚内に残る恐れがあります。また、発見が遅れた場合はセメント物質により強固に固着しているので、ポイズンリムーバーでは取れません。
いずれにせよ、マダニに咬まれたら上記で紹介したピンセットや専用器具を使う方法、それらを持ち合わせていない場合は、下山後に皮膚科など医療機関を受診して取り除いてもらう方が良いでしょう。
ピンセットなどでマダニを取り除いた後に症状を抑える目的としてポイズンリムーバーを使用するのも、除去した後は比較的早く治癒することが多いのであまり必要ありません。もしかゆみが残る場合は、マダニの口器が皮膚内に残っている可能性があります。その場合は医療機関を受診しましょう。
マダニに咬まれたら経過観察を怠らずに
マダニを取り除いた後、数週間は体調の変化に注意してください。発熱など症状があらわれた場合は感染症を発症している可能性がありますので、医療機関を受診してマダニに咬まれたことを伝えましょう。
自分で取り除いた際に虫体を捨てずに保管しておくと、何らかの病気が発症した場合の重要な試料になります。1ヶ月程度は保管しておくと良いでしょう。
おわりに
以上、登山でマダニの被害に遭わないための対策と咬まれた時の対処法についての解説でした!
マダニは咬まれると感染症の危険性があり非常に怖いですが、咬まれても痛みやかゆみは弱く感染症の発症率もそんなに高くないこと、無闇に藪の中に入ったりしなければ被害に遭うことも多くはないので、そこまで心配する必要はありません。
この記事を参考に、適切な対策と咬まれた時の対処法を頭の片隅に入れておき、安全に登山を楽しんできてください。
それでは、おしまい!
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