登山は自然の中で行うアクティビティのため、様々な生き物に出会います。なかには、人に危害を加えるものも…
毎年、梅雨や夏の時期に多くの被害情報が出ているのが「ヤマビル」。
ナメクジのような見た目でちょっと不気味なヤマビルは、噛まれると気づかず内に血まみれになっているため、登山者からは嫌われ者。
今回はそんなヤマビルの生態を深掘りしつつ、被害を受けないための対策法について詳しく解説していきます。すでにヤマビルの被害を受けた方も、恐怖で怯えている人も、ぜひ参考にしてみてください!
気味が悪い…山で見かけるヒルの生態
ヒルと言っても日本には約60種類ほどが生息しています。登山ではそのうちの1種「ヤマビル」に遭遇します。
このヤマビルが厄介で、60種もいるヒルのうち吸血するヒルは2種しかおらず、その1種に当たります(もう1種はチスイヒル)。
そんな、登山者を困らせるヤマビル(以下、ヒル)に生態について詳しく見ていきましょう。
哺乳類の皮膚を削って血を吸う
ヒルは元々ニホンジカ、イノシシ、カモシカなどの血を吸って生きてきた生物で、そのような哺乳類の生息地域に我々登山者が入り込んだことにより、人間も吸血対象となりました。
哺乳動物の血を吸うために、振動や呼気(二酸化炭素)、熱を察知して近づいてくるとされています。
筋肉質の3つの顎にそれぞれ70~80の細かい歯が並んだ口を使って、皮膚の柔らかいところを傷つけて吸血します。この時、血液を固まらせない“ヒルジン”という成分と、モルヒネ(医療用麻薬)のような物質を出してくるため、気付かないうちに血だらけになっていることがほとんどです。
ヒルは吸血すると増える!?
ヒルは十分に吸血して体重が0.5g以上になると産卵可能な成体となります。雌雄同体ですが、別個体と交接することで1回で約10個ほどの卵塊を産みます。さらに、その1個の卵塊からは約10匹のヒルが生まれます。
これを放置していると、被害は拡大するばかり…。吸血されたり、ぷっくりとしたヒルを見つけたら、出来るだけ駆除するようにしましょう。
駆除の仕方は後ほど紹介していますのでご覧ください。
ヒルに噛まれた時の症状
出血、腫れ、かゆみ
ヒルに噛まれても麻酔物質を出すため痛みはなく、吸血されていることに気がつきません。
気付かずに吸血され続けるとヒルジンの作用で出血が止まらなくなります。また、時間が経つと腫れやかゆみが出てきます。
血が固まらないため、かなり出血しているように見えますが、出血量はわずかで人命に関わることはありませんので、焦らず対処しましょう。
蚊やマダニなどの吸血する節足動物は感染症の恐れがありますが、ヒルの吸血では感染症の事例はありません。
ヒルの活動時期
ヒルの活動時期は例年4月下旬頃から11月上旬頃、冬を除くほぼすべてが活動時期になります。気温で言うと20℃近くで活動し始め、25℃以上から活発になります。最近は温暖化の影響で、3月中旬でも20℃を超えることがあるため、3月ごろから目撃情報がちらほら。
湿気の多い場所を好むため、雨が多く湿度が高い梅雨と秋雨の時期、雨が多ければ8〜9月中旬に発生のピークを迎えます。
ヒルの多い場所、山域
ヒルは草や石、落ち葉の下など、日陰で湿気の多い地面に潜んでいます。
また、水の多い沢筋・シカやイノシシなどの通りやすい獣道で多く発生します。最近は登山者が増えてきたためか、丹沢などの登山者が多い山域では、登山道にいることも増えてきました。
こういった場所での休憩や、お手洗いをするために獣道に入る際は十分に注意しましょう。
北は秋田や岩手、南は沖縄までと全国的を生息地域を広げているヒル。関東の山だと多くは神奈川県の丹沢、他には妙義山や奥武蔵の山々で目撃・被害情報があります。
ヒルの時期は自分の行こうと思っている山の登山記録などを見て、目撃情報がないか確認しておくと良いでしょう。
また、ヤマビルの目撃情報を毎年更新しているサイトがあるので、参考にしてみてください。
ヒルは木から落ちてこない!
「ヒルは木から落ちてくる」というウワサを耳にしたことがある人もいるのではないでしょうか。
実際、2017年6月に名古屋で行われた「夏山フェスタ」の来場者100人に取ったアンケートでは「ヒルは木から落ちてくる」と答えた方が69%もいたようです。
でもこのウワサ、実は間違いだったのです。
それを発見したのは、三重県の鈴鹿山脈の麓で活動する「子どもヤマビル研究会」という団体。
この団体は、「日本一ヤマビルの生態に詳しい」と自認する小中学生の子ども研究員によって構成されており、ヤマビルの疑問について実験と検証を繰り返し、「ヒルは木から落ちてこない」という研究成果は三重県教育委員会賞を受賞しました。
「木から落ちてこない」という結論に至ったのは、3年がかりで取り組んだ観察・実験によるもの。
例えば、捕まえたヒルを木に付けるという実験で、ほぼ全てのヒルが木を下りていくのも確認したようです。つまり、「ヒルはそもそも木を登らない。だから木から落ちることもない」という結論が出たのです。
この他にもたくさんの実験をしており、研究内容をまとめたものが出版されているので、気になる方はぜひチェックしてみてください。
登山の際にしておきたいヒル対策
ヒルはしっかりと対策をすれば吸血される可能性はかなり下がります。ヒルがいるであろう山に行く場合は、万全な対策を講じてから行きましょう。
ヒル対策① | 肌を隠す
ヒルは皮膚を削って吸血する生物です。つまりは、ヒルが肌に触れなければ血を吸われずに済むということ。
最近ではヒルが活発な暖かい時期では、半袖半ズボンで登る人も多く見られますが、ヒルが多い山域では出来るだけそのような格好は避け、なるべく肌を隠して登山をしましょう。
特に気をつけたいのは下半身。ヒルは基本的に地面から登ってくるものなので、トレランシューズよりハイカットな登山靴、ショートパンツを履くならタイツも一緒に履くなどして、侵入を防ぐようにしましょう。
ヒル被害で意外と多いのは、靴の中に侵入し足先を吸血されていること。足首と靴のちょっとした隙間から入り込んでくるようです。
心配な方はゲイターを装着するのも有効です。靴とズボンの隙間を塞ぐことができるので、ヒルが靴の中に入ることはほとんどなくなります。
また、靴下を少し厚手のものにしたり、靴下にズボンの裾をいれることで侵入する確率を下げてくれますので、気になる方は試してみてください。
ヒル対策② | ヒル専用スプレーや虫除けスプレーをする
近年、日本の山では鹿の増加と移動に伴い、ヒルの生息数も拡大したと言われています。生息数の拡大により、これまでに多くの登山者が吸血被害に遭ってきました。それを受けて登場したのがヒル専用スプレーです。
ヒル専用スプレーには一般的な虫除けに使用されているディート配合に加え、雨の日や湿度の高いところに生息しているというヒルの特徴を踏まえ、濡れても落ちにくいように耐水性が高められている商品が多くなっています。
人間が発する二酸化炭素や匂いにより近寄ってくるヒルですが、専用スプレーをすることで、感知能力を錯乱させることができ、人を認知できなくなるので、近寄ってこなくなります。万が一、ヒルが肌に着地しても、そのスプレーが付着した面に触れた時に異常を感じて避ける(逃げる)という効果があります。
また一般的な虫除け、特に含有成分のディートやイカリジンが高濃度な場合は、ヒル除け専用のスプレーと同程度の効果があるとされています(ディートは10%以上、イカリジンは15%以上)。
ただし、一般的な虫除けは水濡れには弱く、持続時間が5〜8時間とされているものでも、濡れてしまうと効果がすぐに落ちてしまい、塗り直す必要が出てきます。
※ディートやイカリジンの詳しい説明はこちらの記事を参考にしてください。
また、昔からヒルには食塩水が効果があるとされています。
しかし、とある研究によると、食塩水は飽和食塩水でも専用スプレーの50%の効果しかないということが分かりました。(後ほど紹介する除去法では効果あり)
食塩水は簡単で安く済み、何も塗布しないよりはマシですが、完全な効果がない上にベタつく可能性があるのであまりお勧めしません。虫除けを買えなかった、忘れてしまった時の応急策として覚えておくと良いでしょう。
ヒル専用のスプレーは衣服に噴霧するものがほとんどです。
ヒルは主に地面から這い上がってきますので、登山靴やズボンなど下半身を中心にスプレーをしておきましょう。
また、万が一靴の中に侵入されても靴下に吹きかけておけば吸われるリスクが減ります。出発前に靴下にもスプレーしておくと良いでしょう。
株式会社エコ・トレード
ヒル下がりのジョニー
ヒル対策を検索すると必ずと言っていいほど目にする「ヒル下がりのジョニー」。ネーミングが秀逸で一度聞いたら忘れられない、ヒル除けでは国内トップシェアのヒル専用のスプレーです。
特徴はなんと言っても、自然界で生分解される材料だけで製造されていること。自然の中で遊ぶ私たち登山者にとって「環境に優しい商品」は重要なポイントですね。
この商品は、登山靴や衣服に噴霧して使用します。ヒルは地面に生息していますので、特に足元によくスプレーすると効果的です。
地肌には薬剤が付着しないように注意してください。ヒルは吸血されている時に忌避剤をかけることで剥がれ落ちます。そのような用途で使用し、地肌に薬剤が付いた場合は流水でよく洗浄してください。
池田模範堂
ムヒの虫よけムシペールα
ディート12%配合の虫除けスプレー「ムヒの虫よけムシペールα」。ヤマビル以外にも蚊、ブユ(ブヨ)、アブ、マダニ、トコジラミ(ナンキンムシ)、ツツガムシなど、多くの害虫に対して忌避効果があるとされています。
ヒル以外の虫除け対策も一緒にしておきたい方はこちらがおすすめ。60mlボトルと、登山で携行しやすいサイズが嬉しいポイントです。
こちらは「ヒル下がりのジョニー」とは違い、肌に直接噴霧します。
逆に、登山ウェアでよく使われるポリエステルなどの合成繊維の衣類にディート使用の虫除けが付くと、変色や劣化を引き起こす可能性があります。大事なウェアをダメにしたくない人は十分に注意しましょう。
フマキラー
天使のスキンベープ
フマキラー株式会社から出ている天使のスキンベープはディートフリーで、潤水成分ヒアルロン酸Naも配合されている、赤ちゃんや肌の弱い方におすすめの虫除けです。
「イカリジン」を高濃度(15%)で配合し、虫よけ効果が6~8時間持続します。ヤマビルだけでなく、蚊成虫、ブユ(ブヨ)、アブ、マダニ、イエダニ、トコジラミなど適用害虫が多いのも◎。
ベビーソープの香りが心地よく、虫除けの匂いが苦手という方も使いやすくなっています。
ヒル対策③ | ザックを地面に置かない、座らない
休憩時、ザックを地面に置いたり地べたに座り込むことがあるかもしれませんが、ヒルが多い時期にその行為はかなり危険です。
人間に寄ってきたヒルはザックにも張り付きます。これに気づかずザックを背負うと首元から入り込まれたりして、上半身にまで被害の範囲が広がる恐れがありますので、十分に注意しましょう。
もし、休めるようなベンチなどがない場合は、周囲にヒルはいないか、ヒルの好みそうな日陰で湿った場所はないかなど確認してから休憩しましょう。
また、休憩が終わり再出発の前にはザックや体にヒルが付いていないかチェックしましょう。
ヒル対策④ | ヒルが多い時期はヒルが多い山域を避ける
言うまでもありませんが、ヒル対策として最も効果的かつ簡単なのは「ヒルの多い時期はヒルの出る山域へ行かない」ことです。
日本にはたくさんの山があります。わざわざヒルが多い山に行く必要はないでしょう。
今ではそれぞれの山の情報や他の登山者の山行記録など、探せばいくらでも情報が出てきます。ヒルの生態と照らし合わせながら、ヒルがいないところを選んで登りに行くと良いでしょう。
ヒルに噛まれた時の対処法
これまで説明した対策を取っていても、吸血される可能性は0ではありません。
ここでは、万が一ヒルに噛まれてしまった時の対処法を紹介します。
ヒルによる症状は他の虫に比べると軽度です。しっかり対処すれば問題ありませんので覚えておきましょう。
ヒルに噛まれた時の対処法① | スプレーや塩をかける
ヒルに噛まれたらまずやることは“肌からヒルを引き離すこと”です。ヒルが吸血する時は「ヒルジン」という血が固まるのを防ぐ物質を出すため、気付かないと30分〜1時間ほど吸い続けていることもあるようです。
先ほど対策で紹介した専用スプレーや虫除けをかけることで、簡単に剥がすことが出来ます。気づいたらすぐに対処しましょう。
食塩水や塩をかけることでも効果があります。食塩水は塩の結晶が残る程度の濃さでないと効果が低いですが、塩そのものであれば、ひとつまみ程度で殺傷することが出来るのでおすすめです。
100均などで売っている調味料ボトルなどに入れていくと、持ち運び便利ですよ。
ヒルに直接火を当てるのも効果的です。スプレーや塩を持っていない場合はライターなどで炙って対処することも出来ます。ただし、火傷やウェアへの引火などには十分注意して行いましょう。
ヒルに噛まれた時の対処法② | 流水で洗い流す
次に傷口を流水で洗い流します。
ヒルジンの影響で血が止まりにくくなっていますが、その成分を洗い流すことで血は止まりやすくなります。また、ヒルジンにはかゆみを引き起こす成分も含まれているので、絞り出すように洗うとその後のかゆみを抑えることが出来ます。
登山中に気付いたが洗い流せる水がない場合
登山中、水場は限られた場所にしかありません。そして飲み水も貴重。
もし登山中にヒルに噛まれたことに気づいて、洗い流せる水がない場合はティッシュなどで少し血を拭き取った後に、ポイズンリムーバーを使用してヒルジンを抽出しましょう。
ポイズンリムーバーはヒル以外にもハチやアブに刺された時にも使用できます。これらの虫は大体夏に活動が活発になるので、その時期にはザックに1つ入れておくことをおすすめします。
ヒルに噛まれた時の対処法③ | かゆみがある場合は抗ヒスタミン剤を塗る
しっかり洗い流してもかゆみが止まらないがあります。その場合は患部に抗ヒスタミン剤を塗りましょう。
抗ヒスタミン剤は、アトピー性皮膚炎や蕁麻疹などに使用される薬でヒルのかゆみに対しても有効です。
血が止まらない場合は、抗ヒスタミン剤を塗った上でガーゼや絆創膏をして止血しましょう。
おわりに
以上、登山で出会うヤマビルの生態と吸血されないための対策解説でした。
噛まれた時の症状やその見た目から嫌われがちなヤマビル。確かに不快ではありますが、服装に気をつける、スプレーをしておくなどの対策を取ることで、吸血を防ぐことが出来ます。
今回お伝えした対策をしっかり取りつつ、あまり神経質にならずに登山を楽しみましょう。
それでは、おしまい!
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